蓄音機

 10年まえくらいかなぁ?京都の法念院へ清水きよしさんとのジョイントコンサートで行った折、近くの喫茶店で生まれて始めて蓄音機の音を聴きました。クレデンザかグラモフォンだったか、いずれにしても大型のフロアタイプで、ルックスもアンティーク家具のような堂々としたものです。これが作られた時代…1920年ころかなぁ…では、「家庭で」これを楽しむことが出来たのはアメリカの大金持ちだけだったのですから当然ではあります。で、その音は…

「○×△♪★◎#?Ωξ!!!!」

 びっくりしたぁのヒトコトですね。うえのハタチのころにはオーディオに凝りまして、スピーカ自作はモチロン、FETアンプに当時発売されたばかりのDATを駆使して「原音再生」目指したもんです。それらが目指していた方向とはゼンゼン違うんです。



 形容としては使い古された言い方ですが、ヴォーカルは目前で歌っているよう、チェロは松ヤニが飛び散っているようです。でもそれって決して「原音再生」じゃないんだな。



 勿論、「再生」には違いないし、当時のエンジニアだって当時のテクノロジーを駆使して「原音再生」に近づこうと苦労したのだろうけど、現代人の感覚で聴くと、蓄音機てのは再生機器ではなくて、「楽器」に聴こえるんだな。
 電気なし。ターンテーブルを廻す動力はゴツいゼンマイです。針で拾った振動も、あいだに一切、電気が介在することなく、ホーンでの増幅のみで豊かな音になります。初期の録音では、盤面への記録すら電気カッティングではなく、再生の真逆にラッパで拾った音のダイレクト・カッティングですから、録音〜再生の間、一切電気のお世話になっていない(まぁまだ電気がなかったのですから当然ですが)。停電したらすべてがアウトの現代テクノロジーに比べ、なんとスガスガしいこと!

 「テクノロジー」の目的のひとつが、「多くのヒトが恩恵を享受できること」であるとすれば、現代の音楽に纏わるテクノロジーは、たしかに「間違って」はいないでしょう。CDラジカセが普及したおかげで、ウチのバァさんさえ、自分で気軽にナツメロを楽しめるようになった。ムカシは気軽も手軽もなかった。ボクの少年時代でも、アンプにあらかじめ火をいれて暖めLPレコードを傷つけないように注意してジャケットから取り出しターンテーブルに置いたらクリーナーかけて針もクリーニングしてトーンアームをそっと下ろして…… あー思い出すだけでメンドくさ。こんなことバァさんはようやらん。




 でもね、インド見てるといつも思い出す、「得るモノの裏に失うモノあり」の原則。けっきょくどっちをとるかなんだけど、仕事で聴く資料としての音はWABやMP-3ですが、自分の好みで聴く音としては絶対に「遺産系」だわね。やはり現代のテクノロジーは、便利さの陰で失ったものが大きすぎ。要するにバーチャルのテクノロジーなんだよね。いまやジャンボジェットの操縦訓練も、軍事作戦の検討もシュミレーターでやるそうですが、これは「おシゴト用・先手必勝・効率最優先・コスト削減」系の価値観から来るわけ。音楽においても、ステレオに始まった「音場再生」。バーチャル音像ですね。もともとが「コンサートホールの雰囲気をご家庭で」ってバーチャル空間の創造が目的だからね。蓄音機が「楽器的」に聴こえる最大の理由のひとつは「モノラル」であることじゃないのかなぁ?音源がないところから音が聴こえたらまさにバーチャル、それってオカシいよ。王さまははだかだぁー。




 バーチャルとなんちゃってだらけの現代。その原因のひとつは、今の20代の親の世代が金儲けにばかりに忙しく、子供に「ホンモノ」を理解する価値観を教えなかったことによると思う。現代ニッポンの基礎をつくってくれた世代ですが、弊害のひとつですね。このまえ烏山に新しく出来た、若い店主の九州ラーメン食ってみたら、ろくにトンコツのスープもとらずに(下手すると業務用粉末スープ)とろみ材タップリの味で、本当にちゃぶ台ひっくり返したろかと思った。まぁそこにちゃぶ台は無かったのがヤツの幸い。トンコツのラーメン屋は店中ブタ臭くてあたりまえ。それがイヤならトンコツラーメンやるな。ブタ臭いのがダメな客はトンコツ喰うな。命捧げてくれたブタに失礼だろうが。
 以前にも「将来はパティシエになりたい」と言うネェちゃんが、「このまえーシモキタでたべたースコーンがしっとりしててとてもおいしくてーワタシも将来ああいうスコーンつくりたいんですぅー」と言うから、オジさんは思わず、「あのねスコーンてのはモサモサしててあたりまえなの。それをミルクティーと一緒に食べるから美味しいあわせワザなの。しっとりがよければ他のモンつくりなさいっ!!!」あー説教ジジイみたいでやだ。音楽でも、たとえばさ数年前にどこぞのアホが仕掛けた「おしゃれなジャズ」。当然のこととしてとっくに過去のコトとなりましたが、それにまぁこれもノセられるほうがアホだが、おかげでロクにアドリブも出来ないエセねーちゃん自称ジャズフルートが増えて、メイワクなんだよ。どうせほとんどの客はパンツかヘソが見えればそれでいいんだからさ。




 失礼。思わずエキサイトしてしまいました。喰いモンに戻るけど、そら忙しい現代人のこと、どうしても時間がなくてとりあえず腹くちくなれば、のファストフードも仕方ないときもあるが、自分で選んで好きなモン食べたいとき、バーチャルはいらんわな。




 いまの時代、あえてこれをやろうというのは大いなる「ムダ」であり、同時に精神的ゼイタクです。こんど柏桜荘で蓄音機コンサートやろう思うんだ。世の中ヘソまがりもそこそこいるので、神保町あたりには「蓄音機屋さん」もあります。ここに頼んで、ボクが以前感動したような大型フロア蓄音機を運んできてもらい、往年のヴィルトーソの名演奏・大正叙情歌昭和歌謡浪曲民謡・スイングジャズ全盛期なんかをオリジナル盤で、っていう企画です。




 まずは自分で把握しとかにゃ、と、卓上型の蓄音機… それでも50cm四方くらいあるのだけど… のを某オークションで見つけて買った。ワクワクしながら針を下ろしてみると…





 10年前の京都の喫茶店の店内の風景が甦った。そして、そのときの思いも脳裏をかすめた。





       「進歩すべてが是ならず」



















































m(_ _)m