フルートとバンスリ・篠笛


 北インドの伝統音楽で使う、「バンスリ」という葦の笛があります。「神の笛」とも呼ばれ、いろいろな音域のものがあって、低音用のものはアルトフルートなみに太くて長く、当然キィワークはありませんから、手の小さいボクは指孔をふさぎきれない。インドの名手、パンディド・ハリプラサド・チュウラシアの手にかかると、この低音バンスリは、この世のものとは思えないような深遠な響きを奏でます。まさに神の世界へといざなうような… と、シロートのように感心しているばかりではなくて、フルーティストとして、わがフルートとの違いを仔細に観察してみると…


 歌口は、うすい素材にアナあけただけの当然として、フルートでいう「チムニー」(ライザー)は、ホールの直径に比してえらく低く、結果レスポンスはえらく早い。反面ダイナミックレンジは狭い。管体の材質が密度の低い材質であることもあって、微細な息にはすぐ反応しますが頭打ちが早い。アナの数は基本、世界の民族系横笛によくある6穴です。ペンタトニック・スケールなら6穴で充分なのですが、過去にイスラム文化や、イギリス統治時代にヨーロッパの影響も受けている北インド伝統音楽のスケールはペンタトニックではありません。導音を多用することや、特徴的なクォータートーン微分音)のことを考えれば多様なフィンガリングの可能性があったほうがいいようにも思いますが、奏法として指穴のハーフオープンや、口でもいわゆるメリ・カリをやりますから、孔を増やして指使いが煩雑になるよりは、音程のアジャストはそっちでやるほうが現実的、というところでしょう。指のほうにはかなり「早弾き」的なフレーズもあるので。ただ、先程「基本6穴」と書きましたが、バンスリには開端近く、こんなとこ指がとどかないダロ、ってところにも音孔があり、(中国の笛子にもある)普段はふさがないのですが、前出のハリプラサド・チュウラシアはえらく手がでかく、この孔を小指で開閉してのプレイが、彼の特徴だそうです。


 材料は、いわゆる葦のような、篠竹のような… えらく薄くて軽くフシもなく、さきほどの低音バンスリだったとしても、その重量はびっくりするほど軽いのです。


 面白いのは、一流のプロが使うようなランクの楽器でも、コルカタの楽器屋にならんでいる新品の時点ではたいした値段じゃないんです。ところが、名手が長年使い込んだものは、目玉が飛び出すような値段が付く。吹かせてもらうと確かに、新品とはまるで違う音がするんです。
 日本の篠笛・能管や、インド楽器でも例えばシタールサロード等と比較すると非常に簡素なつくりで、筒の片端をコルク状のものでふさいで、あとは火箸かなんかで孔あけただけです。実際、指孔の周りはコゲてる。表面の仕上げも、なにもしていない。なにも塗ってないし、オイリングもしていない。それだけに、新品のときはいわば「半完成状態」で、使い込まれていくうちに楽器・発音体として成熟していく部分が大きいのでしょう。
 木のフルート吹くようになって初めて実感しましたが、木や竹の天然素材の場合、水分や油分が音に及ぼす影響って大きいんですね。木管のフルートの場合よく言われるんですが、ケースから出して組み立ててスグ、は「鳴らない」。しばし吹いていて、水の分子が木の繊維組織のなかに入り込んだであろう時点で、おそらく含水率が演奏中の数値になってはじめて本来の鳴りになる。ブラウンが金ライザーを入れるのは、それを嫌ってのことだからだそうな。知人でプラハ交響楽団のピッコロ奏者、そして最近はピッコロ製作者でもあるスタニスラフ・フィンダさんも、木管フルートに関しては、チムニーに金属を入れないと「センシティヴ」すぎて吹きにくい、って言ってた。このヒト自作のピッコロは、「ボアオイル」てレベルなんかでなく「オイル漬け」にして保管するんだけど、それって繊維組織のなかを、水分子が入り込む前にオイルの分子で満たしてしまおう、って作戦なんダロな、と想像しています。でも行き過ぎてフヤけないのかな?


 で、ここからはタブンに想像の世界ですが、「手づかみ」で食事するインドのバヤイ、おててがかなり「オイリー」なわけですね。最初のころ、インドツアーしてて一番困ったのがこれ。モチロン食事の前と後にはちゃんと手を洗ってますし、インド製ニベア石鹸の洗浄力を信用してないから、ニッポン製牛乳石鹸も持参しているのですが、それでも毎回手づかみでカレー喰ってると、やっぱりおてては「スベスベ」になってきて、メシ喰ったあとで金属のフルートだと持っててすべるのなんの。特にゴールドってスベるよね。バンスリでは管の素材から言ってそういうことはないわけね。やっぱり文化はすべてが絡み合って成立してる…


 …というのは冗談としても、使い込んでいく過程でゼッタイ「オイリング」されてる。内側も外側も。木管のフルートやトラヴェルソ、リコーダーでもオイリングは音に影響する重要な要素だし。連中そういう風には考えてはいないだろうけど、もし日本でもっぱら和食のニホンジンが使い込んだとしたらインドとは音違うダロなぁー。 


 対して日本の篠笛・能管ですが、仕上げに「漆」を塗ります。塗膜がかなり厚くなるまで、内側は棒の先に付けたタンポを使って、管の内面を覗きこみがら、繰り返し塗るそうです。結果、笛師は長年やってると目を悪くするのだとか…
 能管の場合はさらに、高級なものは「割竹」という製法もとることがあり、これは竹をわざわざ一度縦割りにして、それを裏返しにしたうえで一本にまとめる、という製法です。その上にやはり漆を塗って「固め」ます。やはり文化、楽器はそれぞれの地に根ざしているなあと思うのは、漆は水分によって固化するという点です。合成樹脂を含めても最強の樹脂と言われる漆ですが、多湿な気候の日本にピッタリな素材でもあるわけですね。




 繊維の上に樹脂を塗って固める、というのは、現代のFRPと同じわけで、先人の知恵を感じる部分でもありますし、現代フィンランドのフルート製作者、マティットの「カーボンファイバーフルート」とも、いわば管体は同じような組成と言えるわけで、オモシロイですね。硬化した漆の内壁が生み出す「透る音」が、日本人の感性が求めた音だったわけですね。そしてそれは、見かけは同じ6穴の横笛でも、バンスリとは、求める世界観がかなり異なっていた結果なわけです。









































































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